2021.11.21 イベント

コロナ禍の研修旅行~関東近郊を訪ねて(中3)

コロナ禍の研修旅行~関東近郊を訪ねて(中3)

118日(1日目)

1日目は映画「815分ヒロシマ父から娘へ」上映会今作プロデューサー美甘さん講演会世界平和記念聖堂とオンラインで祈りの集いの3つの行事を行いました。) 

映画では美甘さんの父で被爆者である進示さんがその時目、耳、肌、心で感じた事がリアルに11秒細かく描かれていました。今まで文字や言葉、写真などでしか知らなかったあの時のヒロシマの事実をその場にいるかのように生々しく、そしてより深く知ることができました。

講演会では世界中の原爆や戦争に対する色々な角度の意見を、お互い否定し合うのではなく融合•調和•両立していくことが大切という、平和を実現するためのヒントを美甘さんからいただくことができました。祈りの集いではオンラインで世界平和記念聖堂と繋ぎ、世界中から寄付されたモノが沢山あるこの聖堂に込められた平和を願う意志を知りました。そして原爆犠牲者の安らかな眠りと平和の実現を東京から強くお祈りしました。

119日(2日目)

(2日日は広島の語り部の豊永さんと朴さんのお2人のお話をオンラインで聞きました。)

実際に原爆を体験した方達の言葉には重みがありました。特に印象に残ったのが原爆投下前と、投下後から今日に至るまでのお話です。お二人が口を揃えておっしゃっていたことは、戦時中に反米•反英教育が徹底されていたということです。そして投下後について豊永さんからは在外被爆者の補償の問題で国と裁判を何十年もしたこと、朴さんからは被曝によって早産してしまった自分の子供をABCC(原爆傷害調査委員会)に連れて行かれてしまったことなどを教えていただきました。今まで知らなかった原爆投下前後の出来事を知り、戦争原爆の使用を二度と繰り返してはならないという強い意志をしっかりと受け取ることができたと思います。今、被爆者の平均年齢は83歳を超え、実際に原爆のもたらす悲惨な現実を知る人が少なくなっています。だから僕達は聞いた話を受け止め、今度は自分たちが次の世代に伝えていかなければならないと感じました。

1110日(3日目)

(3日目は墨田区•台東区戦争史跡めぐりをしました。)

3日目のイベントは浅草寺から945分に班ごとにスタートしました。史跡巡りを中心に、スカイツリーなどの名所を班員と歩き回りました。普段はあまり目を向けない史跡に目を向けて、その史跡に込められた思いを感じ取ることができるいい機会になりました。下町の風情を愉しみながら笑いあり涙ありの下町散歩は15時に無事全班終え、3日目は幕を閉じました。

1111日(4日目)

(4日目は原爆の図鑑賞•小江戸川越巡りをしました。)

4日目はまず、丸木美術館にて丸木夫妻の描いた原爆の図を鑑賞しました。丸木夫妻が実際目にした光景と被ばく体験をした方達の証言をもとに描いた絵には、写真以上のインパクトと当時の人の息づかいを感じました。その他にも丸木夫妻はアウシュビッツ強制収容所などの世界各地で理不尽に命を奪われた人達の絵を数点の描き、私たちや私たち以降の世代に遺してくれました。この思いを絵だけでなく様々な手段で伝えていく義務があると再確認しました。 

そして川越班別行動では時の鐘や菓子屋横丁などの小江戸の空気を味わいながら班員との普段とは違う特別な時間を過ごすことができました。 

1112日(5日目)

(5日目は館山大房岬戦争遺跡見学をしました。)

実際に当時の兵隊さんのいた場所は自然に囲まれていました。のどかな自然の中にあった軍事施設には今は虫やコウモリなどの生き物が住み着き、平和になったことを感じさせました。昔軍艦が沢山存在した遺跡の近くの浜辺から見える海には今は漁船がちょこちょこあって時の流れを感じました。戦争は何をもたらすのか、平和とは何なのか。そのことをまなび考えた5日目でした。行く予定だった広島でまなぶ戦争と今回の関東近郊でまなぶ戦争は少し違うかもしれないです。しかし、戦争についてまなんだことで、平穏な11日を大切に過ごし、昔のものや自然が壊されずあるがままの姿にしておくことが平和への第一歩だと教えてもらったような気がしました。  (3K.S)

 

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